いやいや気がつけば8月。もうすぐお盆なんですね。
暑い暑いと言いながら、それも“残暑”になりつつあり……。
うむむ、早すぎです。(いつも同じこと言ってます・笑)

昨日、ポレポレ東中野で上映中のドキュメンタリー映画
「水になった村」を観てきました。
試写を観た友人が前々からすすめてくれていたのと、いつも聴いているJ-WAVEの夜の番組に大西監督が出演していて興味を持ったのがきっかけ。
この映画はダムに沈みゆく村に暮らしたジジババとの15年の記録。
徳山村で暮らすジジババは、本当に幸せそうなのだ。自然の恵みの中で笑顔いっぱいに暮らしている。自らの手で育て収穫した多くの食材。たくさんの手間をかけ、監督にふるまう料理はたまらなく美味しそう。
山の神さま、水の神様、火の神様、風の神様……、かつての日本人の暮らしはこんな風だったと、山の暮らしに縁のない私ですら懐かしく思った。
きっと身体のどこかに記憶が残っていて、それが蘇るのかもしれない。不思議だけど。
映画の中で、村のジジババも監督もダム建設に関しての話は一切しない。残された村での日々を淡々と過ごしている。そこにあるのはダムが完成するまで住み続けたいという思いだけ。
でもとうとうゲートが閉められる日がやってくる。押し掛ける大勢の報道陣。移り住んだ町、そのニュースが流れる部屋の台所で、魂が抜けたように立つババの姿は悲しい。そこには愉快で楽しい食卓の風景はない。
ぼろぼろに泣きました。終わってトイレにかけこんだら出られなくなりました。そのくらい泣きました。
徳山村を水にしてまでつくったダムが、必要だったのかそうじゃなかったのか、私にはわからないけど(今はそれだけの知識がない。情けないことだが)あれが食いたいだの、ここに住みたいだの、人間関係がどうだの、私たちはうだうだ言い過ぎだ。
人はもっとシンプルに生きられるはずなのに……。
今日は一日中この映画のことを思い返していたけど、いつもの生活が変わるわけではなく。ラジオを聞きながらPCを使い、ネットで情報を手に入れ、図書館に行き、冷房の効いたジムで走り、スーパーで買い物をした。
くやしいくらいいつも通りだった。
「観てきたよ」と友人に報告したら、「ありがとう」と言われた。
そう、本当にそんな風に思える映画です。
この映画に関わったすべての人たちに、私も感謝の思いを伝えたくなりました。「ありがとう」と。